宮迫千鶴さん、さようなら

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 今月19日に亡くなった宮迫千鶴さんのお通夜(25日夜)と葬儀(翌26日)に、事務局から井上と金田が参列してきました。場所は静岡・伊東市の斎場。同市在住の上野圭一さん、菅原はるみさん、そして京都からメンバーのKさん(看護師)も駆けつけました。Kさんはこの春まで帯津三敬病院に勤務、宮迫さんの夫である画家の谷川晃一さんが入院した折りに担当となり、そのご縁で宮迫さんとも知り合ったのだそうです。
 会場を見回して、知っている顔としては、ビイングネットプレス(『地球人』の発行元)の野村さん、日本教文社の編集者・鹿子木さん。そして、帯津良一先生も……。

 わたしたちは市内の安宿に宿泊、翌日の葬儀では、宮迫さんが眠っている棺に献花し、出棺を見送りました。

 とてもよいお別れのセレモニーでした。お通夜も葬儀も余計な弔辞などなく、日蓮宗のお坊さんの読経の中、焼香したあとは喪主である谷川さんのお礼のご挨拶で終わる――というシンプルなものでしたが、この谷川さんの2つのお話がじつによかった。

 お通夜の時には、宮迫さんがスピリチュアルな世界に関心を持ち、勉強し、考えてこられた結果、「死」に対する恐怖心を持っておられなかった、という話でした。「あっちの世界も面白そう」と生前おっしゃっており、それをご夫婦として共有されてこられた。だから、宮迫さんの死はもちろん悲しいし、さびしいけれども、つらくはないんだ……というようなことだったと思います。

 葬儀では、ご夫婦の家に不思議な出来事があり、宮迫さんはそれを題材に絵本を書こうとしていらした。それで、その出来事については絶対に口外しないように、と谷川さんに箝口令を敷いた。そして、病床で「物語ができた」とおっしゃるので、谷川さんが「メモしようか?」と言うと、退院したらすぐにワープロで書くからと、どんな話かは明かされなかった。だから、ついにその物語は誰にも語られることのないまま、宮迫さんが抱いて逝ってしまわれた……という話なのですが、この場でその“不思議な出来事”が明かされたのです。「絶対に言うな、と言われていたんですが」と谷川さんが言うと、参列者から笑いが起きました。

 つまり、谷川さんは、この2つのセレモニーのために、違う2つの話を用意されていたのであり、そのことにうたれるとともに、いずれも宮迫千鶴という、パートナーであり、アーティストだった女性の人柄や在り方をを端的に表すに十分なエピソードであって、お話の中身はもちろん、谷川さんの思いの深さと、その表現の仕方に感動しました。

 葬儀の日は朝から雨でした。
 宮迫さん、さようなら。

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この記事へのコメント

seds
2008年07月27日 08:01
このような記事を書いてくださってありがとうございます。
訃報のニュースを聞いてずっと気になっておりました。認めたくない気持ちでいっぱいでようやく今日、何でどういうことでお亡くなりになったのか検索していたところです。涙が次々とあふれてきますが、「死に対する恐怖がなかった」ということで、宮迫さんならそうだろうなと思うのに、やはりとても切ないです。
彼女の人生のテーマ「女性の自由」のお陰で、今の自分があることを大変感謝しています。
人生の後輩としてこれからも残された書籍を大切に読みながら、自分のスピリチュアルな部分を受け入れて生きていこうと思いました。
実はオーラが見える事やいろんな不思議なことをオープンに出来たのは、彼女の本を読んで勇気が持てたからで、今まではそれで友人を失っていたのが時代のせいか今度は受け入れてもらえました。自分を偽らずにこれからはオープンマインドで生きていけます。
本当にありがとうございます。

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    Excerpt: この6月にお亡くなりになった宮迫千鶴さんが著作の中で 諸富祥彦さんについて触れられていたので購入した本。 宮迫千鶴さんは日本の臨床心理学の草分け的存在の加藤清さんと の対談集「円環する男と女―両性具.. Weblog: あしおと racked: 2008-08-24 07:30